データ中心デザイン主義について
「世界で最もユーザーインターフェースデザインの研究に費用を投じている会社を知ってますか?ノキアとマイクロソフトです。もちろんその結果は、ごらんの有様ですよ」
iPhoneの機能がとても限定的にしか増えて行かない理由は、ユーザを少しずつ育てて行く、という側面もあったに違いない。
もしiPhoneが登場時から3.0と全く同じ内容だったとしたら、へんてこなアプリが大量発生してユーザは混乱し、UIはバラバラとなり、Webアプリケーションとネイティブアプリケーションで露骨な対立が起きていただろう。
まずWebアプリケーションのみを許可することによってiPhone向けWebページの制作という命題を与え、それが解決された頃にネイティブアプリケーションを許可し、それが浸透した後でアプリケーション内課金を解放する。
前例のないものを売ろうとする時にアンケートを採るのは無意味だ。
iモードですら、事前のアンケートでは90%以上が「不必要」と答えた。
ニュートンに万有引力を気づかせたのは落ちて来たリンゴかもしれないが、リンゴは万有引力の法則を知っていたわけではないし、落ちたリンゴを見た人間など歴史上無数に要る。つまり技術素人の発想というのは単なるきっかけに過ぎない。技術素人は優れた技術者と組み合わさって、初めて効力を発揮するのである。
従って、データ中心主義を採用するにせよ、収集するデータの方向性を決定するのは常にデザイナーであるべきなのだ。